雲行きが怪しくなってきた。夕立でも来るかもと買い物袋を両手に持ったまま家路を急いだ。私は夫に秘密がある。いきつけの美容室の美容師と個人的に連絡交換をしたのだ。だからといってそれ以上の関係になってはいない。たまに「今度いつご来店されますか、来店されるときはおっしゃって下さいね。予約いれときますから」と営業メールが来るぐらいだ。それでも私は嬉しかった。夫以外の男性と交流を持つことなどないからだ。美容室は決まって火曜日がお休みだ。来週末にでもカットの予約を入れようと彼にメールを入れようとした時だ。一通のメールが入った。美容室の彼からだった。私は、あわててそのメールを開いた。「今日仕事休みなんです。良かったらランチでもご一緒しませんか?」とランチのお誘いだった。私の胸の高鳴りを感じた。内心穏やかではなかった。夫以外の男性と食事に行く事なんてない私は動揺しまくった。
私は2つ返事で「ランチご一緒させいただきます。」と返信をして着る服をあわてて見繕った。ジーパンがいいか、ミニスカートがいいか、いやいやミニスカートは年甲斐もないと思い、黒のカーゴパンツに黄色いブラウスを来ていく事にした。私の心の高鳴りは消えない。
二人は平尾駅近くの中華屋さんで待ち合わせた。店に行った時には彼は既に店の中で待っていた。彼は黒いシャツにグリーンの細めの綿パンを履いていた。実にいい男だ。こんなイケメンが私を食事に誘ってくれるなんて何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。まさか彼に限ってそんな事はないだろう。彼は誠実な人だ。私を騙したところで何も出てきやしない。ただの中年のおばさんだ。
私達はランチのコース料理を二人で食べた。私はデザートに杏仁豆腐が出たが私は杏仁豆腐が苦手だと言うと彼が私の分まで食べてくれた。
二人は最近始まった邦画の話をした。すると彼が濱田岳の新作映画を今度の休みに日に一緒に見に行きませんかと誘ってきた。私は躊躇せず、「行きましょう」と笑顔で答えてしまった。私は映画には、あまり興味はなかった。ただ若いイケメンと会えるだけで幸せだったのだ。ランチデートや昼間のドライブを繰り返しているうちに二人の関係はグッと近づいた。それはドライブで油山に行った時だ。夜だったら夜景が見えて綺麗でしょうねと彼の方を振り返ると突然キスされた。私は無抵抗のまま彼を受け入れた。昼間の時間帯だった為か私達の他に誰もいなかった。私は恥ずかしくなって咄嗟に彼から離れた。しかし、手は繋いだままだった。
私達はこれからどうなるの、彼は恐らく独身だろう。私には、夫がいる。夫を裏切る訳には行かない。しかし、この時点で既に夫を裏切っているのではないかと思う。だったら、彼と大人の関係になってもいいんじゃないかと身勝手な解釈をしていた。
私の夫は嫉妬深い、私の素行が少しでも怪しければ追及してくる。
私は美容師の彼と口づけを交わした。後は流れに身を任せるだけだが、浮気を言葉が脳裏に張り付く。夫が福岡の探偵に浮気調査を依頼したら私達の関係が露見する。夫の事だから浮気相手の彼に多額の慰謝料を請求するだろう。そして私はこの年で離婚され独り身になる。そう考えると私は流れに身を任せる訳にはいかなかった。彼からの突然の熱いキスで私は目が覚めた。探偵に浮気調査されたら私も困るし、彼にも迷惑がかかる。私達のランチデートはこれが最後だ。
