私達夫婦は、ダブルベッドに二人で寝ている。夫のいびきはうるさく寝ずらいが、結婚して五年もたつとうるさいいびきもなれたもので逆に夫が静かに寝ていると私は落ち着かなくなる。それほど私は夫を愛しているのだ。そして、幸せな感覚に満ちている。
ある晩夫は早めに床についた。私は、夕食の片付けを終え、お風呂につかり、一日の疲れを癒した。シャワーだけでもいいがやはり湯につかるのは心まで暖まる。お風呂から上がるとスキンケアを念入りに行い、髪をドライヤーで乾かした。心も体もリフレッシュした私は寝室に向かった。珍しく夫は、いびきをかいていない。すやすやと気持ちよさそうに寝ている。愛しい人よおやすみと言葉には出さずに布団に入ろうとした時だ、夫は名前らしき寝言を言った。「みさきに任せる」とはっきり聞こえた。任せる?みさき?一体どんな夢を見ているのか❗女の名前を寝言とはいえ言うなんて、私はさっきまでの幸せな感覚は、一気に冷めてしまった。夫を起こして問い詰めてやろうかとも思ったが、まー寝言だからと思い直して黙って寝ることにしたものの、「みさきに任せる」という言葉が耳から離れなかった。当然眠ることはできなかった。私はいろいろと妄想し始めた。夫は自営業なので時間は自由に使える。日中何をしているのか、営業しているのか、またはパチンコをしているのか知る余地はなかった。またそんなことはまったく気にしていなかった。私は夫を信頼していたから放任していた。
「まさか浮気している」?
最近夫は日曜日も出かけているなぁと最近の夫の行動を思い返していた。夫をまるっきり信頼していたが、あの言葉で、私のなかに眠っていた猜疑心が目を覚ました。
眠れない私はコーヒーメーカーに水を入れコーヒーがドリップするのを腕組みしながら眺めた。コーヒーが出来上がるとキッチンに立ったまま一口コーヒーを飲んでは、またあの言葉が囁いた。まるで何かの呪文の様にだ。私は夫を愛しているし信頼もしている。夫のこれまでの言動には、まったく気にしてこなかった。帰りが遅くても日曜日出かけて行ってもだ。それだけ私は夫を信頼していたからだ。なのになんだあの寝言は、これまでの夫の言動に気づかなかった私のミスなのか、悩みはじめた。ある意味自分を攻めつつあったが、我に帰ればミスを犯したのは、夫のほうだと思い直した。
それからというもの、夫の行動が気になって仕方無かった。今日はどこにいくのか。何時に帰るのか。日曜日はどこに行ってるのか。私は逐一問いただした。夫は平気な顔して町内会の集まりだとか、取引先と接待だとか、パチンコだとか。すました顔でちゃんと目を見て答えた。私は怪しいと思ったが、浮気している確証は何一つ読み取れなかった。
ある朝の日曜日、9時過ぎに夫は眠たそうにして寝室から出てきた。「みさきコーヒー入れてくれ」と夫は言った。またみさきの名前を夫は私の前で口にした。あなた今何て言ったの?みさき?あらそー、だったら「あなたみさきにコーヒー入れてもらえば」と切り返した。私は怒り心頭で、血圧が上がっていくのがわかる程怒った。夫は完全に慌てて、「今のは言葉のあやだ。深い意味はない」とまったく説得力のない腑抜けた言い訳だった。
それ以来私は夫と口を利いてないし、食事も作ってない。勿論寝床も別にした。夫は平謝りしてくるが、私は一切聞く耳をもたなかった。貝のように黙り、妻家業を一切放棄した。そして、密かにみさきという人物の素性を福岡の探偵社に依頼した。結果は以外と早く判明した。みさきとは、仕事関係の運送屋の事務員をしている女だった。浮気調査の依頼をするか迷ったが、けじめとして、浮気調査の依頼を福岡の探偵社に依頼することにした。
浮気調査の証拠を夫に見せたら夫はごめんとつぶやいて体を小さく丸めた。私はその姿を見て虚しくなったがかわいそうにもみえた。みさきには慰謝料として、200万を請求し、二度と会わないことを書面にし約束を交わした。夫は申し訳なさそうにソファーに座りこんでいる。まるで小学生がお母さんにしかられているかのように。
私はげんきんなやつだ慰謝料が振り込まれると一番高いA5ランクのお肉をたくさんかって夫とすき焼きにして食べた。夫は私に「許してくれるのか」と尋ねたが私は何も答えなかった。まだあの呪縛はとけていないのだから。でも妻家業はしっかりやるつもりでいる。いまは、まだ許せない。やさしくされると逃げたくなる。そんな複雑な思いだが夫婦の修復に取り組んでみようと思う。だってやっぱり私は夫を愛しているから。
